2008年11月5日水曜日

ダイアローグについて考える

デビッド・ボームの「ダイアローグ」は、昨年秋、日本で出版されて、買った人も多いのでは。
私も遅ればせながら、読んでみました。

ダイアローグについては、経営品質で学んでいたので分かっているつもりだったのですが、結構、新たな発見や気づきがありました。

ダイアローグの語源は「ディア ロゴス」というギリシャ語で「ディア」は「流れる」を、「ロゴス」は「意味」を表す言葉である、ということは知っていました。
ですが、「意味が流れる」ということの意味を取り違えていたかもしれません。

私は「意味が流れる」ということは、人と人との間に同じ意味が流れるということだと思っていたのですが、デビッド・ボームは違う解釈をしています。

良いダイアローグの中では、お互いにお互いの言葉を素直に受けて、自分の思考を広げます。
AさんがBさんに何かを話します。
すると、BさんはAさんの言ったことを受けて何かを言います。
BさんはAさんの言ったことの意味を理解したように見えますが、実は、Bさんの心の中で掴んだものはAさんの心の中にあったものとは異なっています。
Aさんはそのことに気付きながら、Bさんの言うことを聞き、そしてまた、Aさんの心の中に生まれた新しい考えを言います。

つまり、一度として二人は同じ意味を共有したことはありません。
「意味が流れる」というのは、人と人との間を意味が行き来するうちにどんどん変化をし、新しい意味が生まれるというふうに捉えるのが、デビッド・ボームの考えのようです。

たしかに。。。。

誰かと話をする際、息詰まる、行き詰る、という体験がよくあります。
対立するのが面倒な場合には、当たり障りのない話だけをして済ませます。
つまり、対話(ダイアローグ)ができていないわけです。

相手に自分の言ってることの意味を共有してもらおうなんて、そもそも無理だったんですね。
昨日、ヒプノセラピストの話の「聴き方」について書きましたが、同じことです。
ヒプノセラピストがクラエントの言っていることを「オウム返し」したとたんに、意味が変わってしまう。
カウンセリングなどを少し学んだ方は、「オウム返し」をすることは、相手のことを「分かってあげた」ように表現できるので、良い方法であると思っているようです。
ですが、実はこれはクライエントに「意味の押し付け」を起こしてしまう原因にもなりかねない。
たとえオウム返しであったとしても、セラピストが言った言葉はクライエントの心の中の意味とは異なるからです。
実際に、セラピー中にオウム返しを受け続けると、クラエントは逆に「受容されていない」と感じてしまいます。
体験すると分かるでしょう。

多くの人は、「相手は自分の言ってることの意味を共有できるはずだ」という誤解があるために、うまくダイアローグができないのかもしれないですね。

「なんで分かってくれないんだ!!」

と私も何度も思いました。
でも、相手が自分の考えや気持ちをまったく同じように共有するなんてありえないわけです。
そうではなく、相手が新たに生み出した考えを聞き、自分も新たな考えを生む、とだけ考えていれば良い。

とは言え、非常に難しいと思いますが。。。。

ダイアローグの練習をする際、グループで議題もなく話をするところから始めるべきである、ということが書かれていました。

かなり、辛抱と時間が必要なように思われますが、やってみたいですね。
どんな成果が出るのか。

実験ですね。



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