2012年9月15日土曜日

必殺仕事人、勝手にイメージを描く

今日はマインドマップ・ネタで行きます。
お題はこれ。
 
「マインドマップには、なぜイメージが必要なのか?」
 
開発者のトニー・ブザンの考えについては、他のインストラクターもいろいろ話してくれると思うけど、私が個人的にこれに答えるとすると、ずばり!!
 
「そのほうが仕事が早くなるから」
 
「本当かよ? お絵描きしていて仕事が早くなるだと?」
というツッコミが入りそうですが、本当です。
 
私の考えでは、凡人が仕事のスピードを早めようと思ったら、イメージを使えるようにしないとダメなんです。ここでいうイメージとは、お絵描き、マーク、アイコン、ラクガキなどの総称で、決して綺麗なイラストのことではありません。 
 
エリートビジネスマンは論理的思考力が高いし、言語的能力も高いでしょう。でも、必殺仕事人を目指すのなら、さらにプラスして、イメージを描く習慣を持つといいと思う。なぜって、イメージのほうが文字よりも、認識できるスピードが早いし、ダイレクトに心の風景を表すことができるから。
 
街を歩きながら、私たちは色々なイメージ表示を目にしています。交通標識なんて、すべてイメージですよね。あんなものを言葉で表記したら危険だと思いませんか?文字を読んでいる間、視線が標識に奪われて事故を起こしますよね。イメージだから瞬間的に認識できる。
また、芸術作品はやはりイメージで表現されることが多い。芸術っていうのは上手とか下手とかいう評価軸とは関係ない。カラオケなら、「あの人、カラオケ上手いよね~」となるけど、本気で音楽やっている人に、「あの人、歌うまいよね~」って、これってどう思いますか?褒めるなら「あの人の歌っていいよね~」ですよね。上手いとか下手とかっていう尺度は関係ない。
芸術においては単にその作品に、その人の生き方が投影されているかっていうことだけが大事。で、言葉で芸術もできるけど、言葉にならないものはイメージとして表現される。芸術の話はマインドマップと非常に関係が深いと思うけど、これを考えだすととんでもない深みにはまってしまいそうなので、今日はちょっと触れる程度にしておきたい。
 
さて、ノートを取る時に、簡単なものでいいからイメージを入れることがササッとできれば、後で見て分かりやすいに決まっている。全部、言葉じゃ読みにくい。色だってそう。全部モノクロだったら、何が大事か分からない。
 
と、こんな当たり前のことなのに、多くの人はイメージをノートに使うのには抵抗感がある。子ども時代、図工とか美術の時間に、素直に自分らしい心の風景を表現したら、先生なんかに周りの子たちと比較されたコメントをもらい、「自分は絵が下手だ」と思ってしまった。これは私の体験です。でも、こういうふうに生徒に思わせてしまう美術教師はダメだと思う。本来は、単にその人の持っているもの、生まれつき持っている才能がその人なりに生かされればいいだけなんですから。

だから、マインドマップのイメージって、上手である必要なんて全然ないと私は思います。
目的に応じて、イメージを使うことができさえすれば良い。
瞬間的に分かりやすいイメージ表現が必要な場合には、色々なアイコンを自分の頭の中に用意できているといいでしょう。そうすれば、パッとノートを取ることができて、仕事のスピードは確実に上がります。
また、クリエイティブな仕事をするのなら、自分らしい心象風景の表現ができていればいい。バランスが悪かろうと、ちょっと描き損じがあろうと、関係ない。心の中で見えてきたプロセスをそのまま書き表せばそれでOK!

さて、マインドマップそのものは芸術でありうるのか?

ありうると思う。
だけど、雑誌などに掲載されている綺麗すぎるマインドマップに影響されすぎてはいけない。
私もそうなので、自戒も込めての意味なのだが、本来、「綺麗なマインドマップなんて!」くらいの気持ちを持っていて丁度いいはずだ。
自分の精神活動を通して、自分が何を今、得たかが大切なだけなのであり、マインドマップはそのプロセスを良いものにするツールでしかないのだから。

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